 |
世界一のスケールを誇るくじらの博物館には、鯨の生態や捕鯨に関する資料などおよそ1,000点に及ぶ貴重なものが展示されていて、わが国捕鯨発祥の地として昔から現代までのおよそ400年の歴史を目の当たりに興味深くひもといていただけます。
博物館内には、鯨類骨格標本、古式捕鯨に用いられた道具、古式捕鯨を模したジオラマ、近代捕鯨の銛や大砲、キャッチャーボート模型などクジラと捕鯨のことが詳しく展示、解説されています。
詳しくは太地町立くじらの博物館ホームページでご覧下さい。 |

鯨類骨格標本 |

龍涎香(りゅうぜんこう) |
|
 |
自然プール |
|
自然の入江を利用した「自然プール」と「ショープール」で、鯨類や鰭脚類を飼育展示し、生態観察や行動能力を観てもらえるように努めています。
・アシカのショー
・イルカのショー
・シャチのショー
・イルカ、小型くじらの触れ合い体験
・イルカや小型くじらの給餌体験
・クリアーカヤックによる観察
※動物の体調や天候の悪い時、あるいはその他の支障によりショーや体験を中止・変更することがありますのでご了承下さい。
詳しくは太地町立くじらの博物館ホームページでご覧下さい。 |
 |
 |
|
 |
マリナリュウム(水族館) |
|
| くじらの博物館と同じ敷地内にあるマリナニュウムは、雄大な黒潮が育む「海の生き物とその生活ぶり」を水量630tの大水槽の水中トンネルから自然に近い姿で紹介します。魚たちが織り成す自然のドラマは感動的なシーンがいっぱいです。 |
 |
 |
|
 |
実物大くじらの骨格模型と復元された勢子船 |
|
| くじらの博物館と同じ敷地内にあり、実物をモデルに複製した骨格は迫力があります。また、ラッコ館横には、古式捕鯨が盛んだった頃、使われていた勢子船を復元した物が展示されています。 |
 |
 |
|
 |
捕鯨船資料館(第11京丸) |
|
この「第11京丸・」は、昭和31年(1956)4月に大阪造船で進水し、総トン数696.94t、全長63.44m、幅9.5m、深さ5.08m、最大速力18.15ノットで、主機関は3,500馬力のディーゼル機関という当時では最新鋭の捕鯨船でした。
75mmの捕鯨砲を装備し、優秀な26名の乗組員が操船・操業にあたり、南氷洋捕鯨では、昭和31年(1956)の第11次南鯨から昭和52年(1977)の第31次南鯨までの21回参加し、そのうち7回その年の最多捕獲を記録し、また、北洋捕鯨には、昭和31年(1956)の第5次北鯨から昭和52年(1977)の第26次北鯨までで20回参加しました。
当初は極洋捕鯨(株)の所有船で、太地町出身者が多数乗船し、町民には親しみの深い捕鯨船でしたが、母船式捕鯨は1970年代半ばから船団を縮小するようになり、昭和52年(1977)捕鯨会社を統合し設立された日本共同捕鯨(株)の第3極洋丸船団所属の捕鯨船として出漁したのを最後に係船されスクラップになるのを待っていたところを太地町が購入し、昭和54年(1979)4月から陸揚げ展示されるようになりました。
現在では、近代捕鯨で活躍していたこの特殊な船の内部や役割・機能を知ってもらうための重要な役割を果たしてもらっています。
※現在、第1京丸への乗せ換え工事を行っており、見学することができません。 |
 |
 |
|
 |
捕鯨船資料館側にある石垣記念館
目前に森浦湾を眺め、はるかに那智連峰を仰ぐ常渡の浜の雄大な自然環境の中にある太地町は、石垣栄太郎氏が生涯を通じてこよなく愛した故郷でした。
石垣栄太郎氏は1920年から40年代にわたってアメリカ画壇で活躍した画家でありますが、この記念館は、生前、社会の恵まれない人びとに温かい眼差しを注ぎ続けた石垣栄太郎氏の画業を、後生に伝えようと考えた彼の妻であり評論家として知られた石垣綾子女史が、私財と投じて建設し太地町へ寄贈されたものです。
詳しくは石垣記念館ホームページでご覧下さい |